自分史(その18)、宇部興産時代
前回は社長招宴のところで、終わりました。 社長招宴の2次会で話です。 私達のテーブルの隣に、看護婦さんのグループがいました。 もうすでに盛り上がっていた私達は、一緒に飲みませんか?と声をかけました。 実際には、箸袋に書いて渡したのが本当です。 とても古典的な誘い方ですが、そういう事が好きな仲間がいたのでしょう。 それから、仲良くなり、その後一緒に遊びに行くようになりました。 そこからいろいろな縁がつながって、今の家内との交際に発展するのは、後々の話です。
入社すると、まず独身寮に入ります。 宇部市の常盤湖のほとりにある常盤寮での生活が社会人のスタートです。 狭い部屋にベッドと作りつけの机があるだけの部屋で、まさに寝るためだけの部屋でした。 大きな食堂と大浴場があり、個室が50くらいはあったでしょうか? 人の部屋に行ってはベッドの上に座って、話しこむという事もありました。 また、当時は携帯電話もなかった時代でしたので、1Fの食堂に公衆電話が置いてありました。 2台の電話で若者が長話をしたものです。
会社や市街地からは車で10分程度離れており、少し高台で池のほとりという、とてもいい環境の場所でした。 寮にはテニスコートがあり、常盤湖の周辺にはジョギングコースもありました。
当時の趣味は、スポーツかな? 休みの日に体を動かす事が好きでした。 それでも暇を持て余す独身時代には、部屋でギターでも弾こうと練習をしていた事もありました。 とても狭い部屋の中で弾く訳ですから、隣にも響きます。 隣の古賀君から、はやくうまくなってね!?と、クレーム(?)された事もありました。
当時はまだ、休みは日曜日のみという時代でしたので、休みの日は貴重で、思いっきり遊んでいました。休日にどういう遊び方をしていたかは、また来週・・・。
つづく
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